温度差

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8月の終わりになり朝、夜はわりと過ごしやすくなってきました。

私たちの仕事は室内なのでとくに温度は関係ないと思われているのではないでしょうか⁈

施設の中の温度は一定なのでしょうが、仕事をしていると暑くなってきます。

汗をかくらくいです。

私はどちらかと言うと寒がりの方かと思いますが、冬でも室内では半袖でも大丈夫です。

しかし、夏でも利用者さまは上に羽織るカーディガンや膝掛けを持っている方が多いです。

やはり、あまり動かなくなり、筋肉が衰え、体温が低いのでしょうか⁈

将来、自分がその年代になった時にも元気でいられる為に若いうちから運動する事を心掛けたいです。

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お客様と共に振り返る70年という歳月。

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暑い暑いとは言うものの
お盆を過ぎれば徐々に風が冷たさを帯びてきます。

幼少期のこの時期といえば
『そろそろ宿題は終わったんか〜』
なんて言われたって一日中外を走り回ったり
飽きる事なく一日中ファミコンに全ての神経を注ぎ込んだり。

そんな姿を見かねた祖母に呼び出され
『戦中戦後は勉強したくてもできなかったのに…』
とお説教タイムに突入したのも切ない夏の思ひ出。

そんな祖母も他界し
この仕事に就くまではやはり戦争はどこか他人事。

しかし、高齢者のお客様と触れ合う機会の多い
福祉訪問理美容では、やはりこの時期戦中戦後の
リアルなお話しを聞かせて頂く機会がとても多く
また、他人事ではないなと痛感させて頂きます。

認知症がかなり進行し会話も空中戦になりがちな
車イスにすわる80代のDさんも
今は少なくなった戦争の語り部である1人。

広島で生まれたDさんは
『どうやら新型が広島に落とされるらしい』
と、母親に手を引かれ8月5日のお昼に
生まれた広島の地を離れる事になったそうです。

翌8月6日朝。

そろそろ今日も出発しようかとした時
御存知のように広島に新型(原爆)が投下されました。

さいわい前日に出発したとあって
お母さんもDさんも兄弟も無事だったそうです。

電車を乗り継ぎ8月8日には
親戚のいる九州に入り、あと少しで
親戚に合える。まともな食事ができると
安心していたそうです。

そして翌9日。

親戚の住んでいる長崎県に入ったであろう時。

長崎に原爆が投下されました。

二重被爆されたDさんのその手は
今でも両手とも、人差し指と中指、薬指と小指が
くっついています。

先ほども書いた様に
認知症の進行したDさんは日常会話も困難な時が
珍しくはありません。

しかし、
『Dさん。新型のお話し聞かせて下さい』
って声をかけると
『ピカ(原爆の事)はなぁ〜
 一瞬なんや!ホンマに一瞬なんや!
 光った思たら熱ぅ〜い風がきてな
 目を明けたらなんもないんや!』
と、鮮明に当時の様子を語って下さいます。

また、別のお客様Hさんは
機関銃で敵機を撃墜した経験があるそうです。

低空飛行で攻める敵機を撃ち落とそうと
機関銃を構えた瞬間。

敵機のパイロットと目が合うそうです。

そこに見えるのは、憎い憎い青い目をした怪物ではなく
当時のHさんと同年代の青年の恐怖に引きつった顔だそうです。

Hさんは言います。

『敵機を何機撃ち落としたとか
 もてはやされても所詮は人殺しなんや。
 いまだに夢に出てくるよ。』
と。

また、特攻隊ながらも
出撃の前日に敗戦を迎えたBさんはおっしゃいます。

『出撃前に終戦して良かったなって言われても
 ちっともうれしくない。
 いったい何人の友を見送ったか。
 その全員、絶対に帰ってこない友なんや。
 それにな…
 特攻特攻と言われるけど…
 もちろん空に散った友はよおけ(たくさん)おる。
 それ以上に、戦地で病気や飢えで死んだ友はもっとおるんや。
 我が子や兄弟の骨を見る事なく葬式すんねんで。』
と。

そんな壮絶な経験をされた
お客様のお話しを聞くたびに思うんです。

教科書には載っていない貴重な貴重なその体験談は
伝えていかなきゃねって。

世間で言うところの
右とか左とか正直、よくわかりません。

でもね。

戦争を振り返った時
喜々として嬉しそうに楽しそうに
お話しをされるお客様はただの1人もおられません。

皆さん、それはそれは哀しそうな表情で
時には涙を流しながら訴えるように語りかけて下さいます。

もちろん外交的な駆け引きだってあるでしょう。

先にも書いた様に恥ずかしいお話しですが
右とか左とか、正直よくわかりません。

だけど
やっぱり戦争ってダメだと思います。

愚かな行為だと心底思います。

貴重な貴重な体験談も
その語り部は年々少なくなってきています。

巷では
『年寄りに戦争の話しさせたら長い』
なんて言われていますが
聞けるうちにたくさん聞いておこうと
食欲の秋を前に思ったある夏の日なのでした。

おしまい。

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お盆の思い出…理容師の祖父

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まだまだ残暑が厳しい日が、続いてますが、

皆様、夏の思い出は、どんな思い出がありますか? 私は最近、よく祖父の事を思い出します。 もう、私が、20歳の時に亡くなったのですが、祖父は弟と二人で、理容室を経営してました。お盆になると、理容室が宴会場になり、そこで親戚一同がワイワイガヤガヤと楽しい時間を過ごしていました。

今、施設の利用者さんや、お客様をカットさせて頂く時、祖父や祖母を思い出す事がよくあります。そして、理容師をしていた祖父に今、聞きたい事がたくさんあります!祖父は、孫が夏休みとかに帰ってくると、必ず散髪してくれました。

最後に祖父にカットしてもらった時、7さいで、手をふるえながら切ってくれてたのをすごくよく覚えています。その時は、おじいちゃん、大丈夫かなあ?という気持ちでしたが、今では、手をふるえながらも髪を切ってくれた事にすごく感謝します!そして私も祖父のように、いつまでも、ハサミを持ち続けていきたいなあっと思います。訪問美容は、理容に関する事が多く関わってくるので、今、祖父が生きていたら、私の質問ぜめにあっていたと思います。そして、お客様の髪を綺麗にするという同じ職業を選んだ私の事を一番応援してくれてると思うので、これからも、たくさんのお客様に喜んで頂けるよう、頑張ります!目標100歳まで、お客様の髪を切れたらいいなあと思ってます(*^_^*)

 

 

 

 

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