タダより高い物はない

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お久しぶりです♪

 

豊橋市センターのエリックです。

 

先日の敬老の日には母国のおじいちゃんに久しぶりにSkypeで話しました(σ゚∀゚)σ

生きてる内に一度くらいボリビア来いって言われて、久しぶりに喋るし人生で数回しか会話をした事ないのに、ガツガツきてくれて嬉しかったです(笑)

 

 

さて、知り合いの美容師に最近こんな事を言われました。

訪問理美容って在宅料金いくらでやってる?

彼も最近訪問理美容を始めて、単価を上げれずに困っている様でした。
しかしカット以外のサービスも提供しているとの事でしたので、切り口はあるかと思いました。

僕は僭越ながらまだまだ未熟な自分なりに答えてあげました。

以下 返信内容
例えば営業の際は比較的安価な理美容メニューを提示して、参入障壁を低くして、他にも多彩なメニューございます、みたいな感じで、介護者向けのザックリメニューと、利用者様向けの正規メニューに分けるとか工夫したらいいよ。

数回、訪問で入って利用者様が喜んで追加メニューを選択して頂く様にすれば単価を上げやすくなるし。ご家族も何度かお付き合いのある方で信頼関係ができていれば、特にお咎めも無くメニューアップもできるよ。

数少ない経験から自分が意識している事を教えてあげました。

そして結局まずはじめに求められるのは値段だと言う事に僕も気付きます。

安売りは、この業界も自己も疲弊させてしまいます。良いサービスを継続的に提供し続け、本気でエンドユーザーに届けたいと考えるのであればこそ、安売りはするべきではない。かなと思っております。

 

訪問美容や美容室の安売り合戦について。

まず安売りするとはどういうことなのかということを考えてみると自分の持っている技術や知識を正当な対価を貰わずに提供すること、と定義づけられると考える。

美容業界や介護業界は、どうしても自分の持っている知識やスキルに対して対価を得るということに罪悪感をもつ人が少なくないことも影響してか、安売りしてしまっている人が非常に多い。

そしてそれが業界のため、人のためだと思ってやっている人も非常に多いと思う。しかし、その業界や人のためだと思ってやっていることが間違っているのではないだろうか。

考えてみて欲しい、非常に安価で提供されるものというのは、安価なりの、それこそそれなりの価値しかないと認識しないだろうか?
要は安いから見向きもされない、ということが起こりやすくなるということだ。

以前面白い実験をテレビ番組でやっていた。ホールを埋めることが出来るような一流のバイオリニストが数億円するバイオリンを使って駅前で演奏していたがみんな通り過ぎていくのだ。

 

無料だからその程度のものだと認識することで見向きもしなくなる、ということはまさしくこういうこと。

逆にこういうことはないだろうか?

これ凄く高いから気をつけて扱ってね!と言われて手渡されたものはもの凄く大事に扱うだろう。

自分を安売りするというのは結果的にこれと同じことが起こる。安売りすることで見向きもされなくなるリスクがある。

そして大事にされないものは当然のことながら広まらない。

サロンも訪問美容も紹介は重要な集客につながるが、人に紹介もされなくなる。

なぜならその程度の価値でしかないものをわざわざ伝え、広める必要はないと判断されるからだ。

少しでも安価に!と考えることそのものは悪いことではない。

ただ、いきすぎればそのものの価値を貶めることもあるということだ。

そしてその行為は結果的に自分たちの首を絞めていく。

安く提供したために、安くなければ売れなくなる。

安いので当然のことながら沢山提供しないと十分な資金にならない。

結果、疲弊してしまう。

 

そんな安い仕事のために、新しく一生懸命やってくれるような優秀な人材も集まりにくい。

個人が疲弊して提供するサービスや仕事。

それが続くと後を継ぐ人がいなくなることで業界が疲弊するという悪循環が起こる。

すでに美容師志望の若者は激減しているのはご存知かと思う。

美容学校卒業生、昨年は約18000人、うち10000人弱の学生がネイル、まつエク志望者だ。

結果、誰もいなくなる・・・

今の美容業界、特に美容師という職業は、すでに負の悪循環に入っていないだろうか?

安売りは業界も自己も疲弊させてしまう。

良いサービスを継続的に提供し続け、本気で、より多くの消費者に届けたいと思うのならこそ、安売りはしない方がいい。

人は人の本気が伝われば、想いは伝わる。安売り、値段で釣る行為から脱却したい。

訪問理美容は食っていけない、ボランティアの延長、なんてのは、完全に取り組み方を間違えてるだけ。

だから続かない。
綺麗事でなく、利益が無いと運営、継続は不可能です。

なので、利益はキチンと追求していく。

苦しまず楽しまなければ、最終的に利用者様も迷惑です。

医療介護の業界には、理美容師の可能性、スキルを存分に活かす場所が必ずあります。

僕は僕なりにやってみて

自分が言う事にもっと自信と説得力が出るように心がけていきます。

 

さぁ今日も頑張ろう!!

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祖父、祖母のいない生活

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僕には祖父と祖母がいない

正確には

父方は僕が生まれてすぐ亡くなってしまい

母方は母国であるボリビアにいて

人生で一度しか会った事がないのだ

そして三年前母方の祖母が亡くなった

僕の母親はすごく悲しんでいて

母はすぐに帰国し亡き祖母と会った

僕はその時初めて自分には祖母と祖父が自分の人生に関わりが

ない事を感じたのだ

小さい頃から周りの友達は、両親以外の愛を祖父と祖母から受けてきて

おじいちゃん、おばあちゃんの深い愛を知らぬ間に感じてきたはずだ

お年玉や行事ごと、学校が変わる度に援助してもらい

その頃に親の偉大さと供に、祖母、祖父の偉大さや優しさに気付き

早い人でそこで別れを知る事になる

僕にはその経験がなくありがたい事にすぐ近くにいる人で身内で亡くなった人がいない

だから正直母親の母が亡くなった時は、祖母を亡くした悲しみはほとんどなく、ただ悲しむ母親をなだめる事で頭がいっぱいだった

ねじれた性格かもしれないが、自分にとって祖父祖母というのは

いないに等しい存在だったのだ

訪問理美容に出会い

たくさんのおじいちゃん、おばあちゃんと話す事で

最近感じる事がある

もっと自分も祖父や祖母の存在に触れていればよかった

亡くなっているなら仕方ないが

国をまたぐぐらい、天国行くより近いんだから

おじいちゃんに今更ながら会いたいって思いが強くなった

訪問理美容でこんな想いもできる事をもっとたくさんの人に伝えたい

僕よりもっと祖父や祖母に会いたくても会えない人も多いと思う

だけど僕は僕なりに、祖父や祖母の大切にする大切さが伝えればと

この訪問理美容を通じて発信していければと思う

みなさん来週は敬老の日です

何か少しでも今から考えてはいかがでしょうか?

 

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いずれ訪問理美容業者にも何か役割を

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お久しぶりです。

豊橋市センターのエリックです

最近は福祉新聞の存在を知り

福祉について絶賛勉強中の中から気になった記事の紹介です。

特養に医療対応を求める。という議論。

つまりこれは現行の介護施設内でのヒエラルキーをぶっ壊すということに繋がるだろうと予想されます。

となると、施設介護職で管理職やってる人はこれまで以上に医療的にまともな対応ができる知識がないとあっという間に立ち位置を無くしかねない話になる可能性があるという事。

施設の方針次第とは思いますが。

我々が仕事を取る際に、極端な縦社会で動いている医療介護の現場では、誰に話を聞いてもらうかも、大きなポイントとなります。

こういった制度の変更も、決して他人事ではありません。

いつか訪問理美容業者にも何か役割があった場合どうなるだろう

医療行為とまでは言わないにしろ、国から何かの役割があった場合きっと訪問理美容業者にも、医療保険もしくは介護保険の恩恵がもらえる時も来るのかと夢みてします。

 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170801-00010001-fukushi-soci

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